「やれない自分」探しく

「やりたい気持ちがあるのにやれない」ってことない?



わたしはそういうの、すごくある。
やれなくて、やれない自分を責める。

やらないことで誰かに責められることなんてないのに。
もちろん自分を責める必要もない。



やりたければやれば良いし、
やりたくなければやらなければいい。



っていうド正論。わかる。わかるんだけどさ。





昨日もそんな自分と出来事に直面してもにょもにょ考えてた。

なんでわたしはそれをやることが出来ないんだろうって。


具体的に何が?って例を挙げると

・ランニング
・ピアノを弾く
・ポートレート撮影

をすることが出来なくなった。
他にもある気がするけど、今パッと浮かぶのはこの3つかな。



ランニングは先月から復活して走り始めたけど、足を痛めてからまた遠ざけるようになってしまった。昔は好きだったけど、今は好きではない。
ただ、人が気持ち良さそうに、楽しそうに走っているのを見ると、また走りたいと強く想う。



実家に帰る度に玄関にあるピアノが目に入る。
弾きたい気持ちはあるけど、何年もピアノに触れていない。こわい。



半年ぐらいちゃんと人を撮っていない。一応フォトグラファーなのに。
昨日も撮るチャンスがあったのにいろんな言い訳を自分にして撮らなかった。で、少し後悔した。



「やりたいのにやれない自分」を見つめまくって凹むぐらいならやらなきゃ良いって思う。
代替案を実行して楽しくする方が気持ちもラクだってわかる。



でもそれって、わたしの中では“逃げ”なんだよね。

やれない自分と深く向き合うのが面倒になって、ラクな方に逃げていた。

結局何が嫌で、何がネックになって“逃げ”ているかわからないとすぐにまたその現実がやってきて、また凹む

ただ、深くは凹まないからちょっと凹んでまた復活するんだけどさ。
でも、根本的に解決されないから同じことをよく繰り返している




しょう

言語化できて昇華される

っていうのが最近加わった自分のトリセツの一つ。





「やりたい気持ちがあるのにやれない」のは

カッコ悪い自分を見たくないから

でした。


ㅤㅤ
過去に出来ていたことが出来ないのが嫌なんだよね。

過去より今の自分がダサいのが嫌



高校生の時の方が走れていた。
中学生までは弾けていた。
昔撮った人物写真の方がセンスが良いかもしれない。



今の自分が過去を上回る納得のいく成果を上げられないのがとてつもなく恥ずかしいし、嫌なんだ。


思うように動かない身体、伸びないタイム。
読譜に時間がかかる、指が思うように回らない。
頭の中で描いた絵が撮れないジレンマ。


で、これらは過去の自分と比較しているんだけど、
それはフェイクで「周りと比較している」のが一番大きいかも。その次に大きいのは「周りからの評価

っていうのは今文章を打っていて気付いたこと。



周りとの比較


周りっていうのは過去の自分の周りと今の自分の周り。



過去で言うと、

自分より結果を出していた同期や後輩。
自分よりレベルの高い曲を弾いていた友人。
自分より良い写真を撮る他のフォトグラファー。



今で言うと、

どれも楽しそうにやっていたり、情熱を持ってやっていたり、結果を出している人が羨ましい。ㅤ
出来ない自分に絶望し、周りに嫉妬しているんだなぁー



周りからの評価


走ることは優劣がつく。タイムがあって順位がある。
楽しく走れていたのは中学生までで、高校生のときは速さが求められていた。
勝ち進めることが全てだった。
とか言ってるけど、全然結果残せなかった。



わたしの通っていたピアノ教室では進級試験があった。
練習嫌いなわたしは最後に受けた試験を3回ぐらい受けている。最後は受かった気がするけど、何回も落ちたことで劣等感半端ない。
あと、歴だけやたら長いけど大して弾けないからピアノの伴奏者に選ばれず、いつも別の誰かがやっていた。劣等感の塊よ。



最初は楽しく撮っていた写真も、仕事にすることで大きなプレッシャーがかかる。クオリティが求められる。技術が伴わなくて指摘される。自信を無くす。
撮ることが怖くなった。


かっこ悪。ダッッッサ。



カッコ悪い
どれも【選ばれて、結果を残せてナンボ
そんなことないっていうのは頭ではわかっているけど、選ばれなかった、結果を残せなかった自分を引きずっている


じゃあ、がんばれよ、努力しろよって話なんだけどさ。
もう、ただひたすら頑張るってことが出来なくて、評価・結果を求めてがむしゃらに頑張ることは苦行でしかない。

自分を押し殺して無理矢理がんばることで得られる幸福は、得たい幸福感とは違うことを知ってしまったから。





やりたいのにやれないことは自分の
大きなプライド 】が邪魔している。

あと、【 完璧主義 】な気持ち、ね。


やっていない人よりは少しできることだったから自分の能力を過信している部分がある。が、実際には少しできると言っても大してできていないことが多い。
何事も上を見たらキリがないことは重々承知だが、引っ掛かるんだろうなー。ついつい意識しちゃうんだろうなー。出来る誰かと出来ない自分を。


いつか、過去の自分や周りとの比較や評価を気にしなくなったらのびのびとできることなんだろうな。
そもそも好きだったことだから。

そのときに得られる幸福感が得たい幸福感




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ここまで言語化しても、やりたいことは未だにやれないまま。
だけど、言語化したことで少しスッキリ✨

もう「やりたい気持ちがあるのにやれないなぁ~」ともにょもにょすることはないだろう。